わすれっぽいひと






「そういえば今年も生クリームでいいですか」
 はんぺんを物色していた新八が、こちらをみて言った。
 夕方のスーパーは客が多い。しかも書き入れ時とばかりに店員が大声を張
り上げている。店内は活気に満ちて騒がしい。
「今年もってなにが」
 新八に肩がふれる距離まで近づいて聞いた。
「何がって。クリスマスケーキじゃないですか」
 新八は言いながら、ぱんぺんを買い物かごに放り込んだ。そばに陳列してあ
る白滝とこんにゃくも続いてかごに入れる。
「クリスマスケーキ」おうむ返しに言った。
 ああ。言われてみるとあとひと月ほどでクリスマスであった。
 はんぺんを見てケーキを思い出すとは、新八は器用である。
「生クリームでいいですよね。予約しておきますね」
 はんぺんの前をひらりと離れて、背中は言った。
「いいけど」俺は後ろからついていく。
 新八はこんどは牛乳の前に止まり、前屈みになった。
 奥まで並ぶ牛乳をじっくり吟味する。賞味期限を調べているのだ。より新しい
ものを探しているらしい。
「いいけど、なんですか?」新八は奥に手をのばしながら片手間に聞いた。
「気前いいな」
 平素、万事屋の財政難についてこんこんと説く新八である。
「だって」
 新八は後ろの方の牛乳を取り、立ち上がってこちらを見上げた。
「約束したじゃないですか。去年。今年は銀さんが買ってくれたから、来年は僕
が用意しますねって。忘れたんですかあ」
「ああ」
 俺は小さな声を上げた。思い出した。
「まあ、そういう人だって知ってましたけどね」
 新八はさしてショックを受けるでもなく、少しだけため息をもらしただけで歩き
出した。
 確かに去年のクリスマスは自分がホールケーキを買った。
 しかし大した意味はなかった。ただの気まぐれである。
 たまたまパチンコで勝ったのがクリスマスだったのだ。独りじゃワンホールの
ケーキなんて買わないし、せっかくだからと買って帰った。
 こんな日があってもいいかぐらいの気軽な気持ちであった。神楽はクリスマス
という存在を知らなかった。新八は、まじまじとケーキを見つめて「まるいケー
キだ」とそっと呟いた。
 あれが、クリスマスだった。
 思えばクリスマスを意識したのはあれがはじめてだった。それまではクリスマ
スもただの一日に過ぎなかった。今年も言われなければ何でもないただの一
日としてすごしていただろう。
 すっかり忘れていた。新八はそんな些細な口約束をちゃんと覚えていて実践
しようしている。
 子どもは何気ない一言を忘れない。よせる信頼。それは少しだけこわくもあ
る。
 約束を、忘れない。
 またしても新八は立ち止まり、今度は卵を見ている。首を前に突き出して、よ
り良いものをと選別する。新八のうなじは大人でもなく、かといって子どもでもな
かった。やや頼りなさの残る中途半端なうなじだった。
「きょうはおでんですか」俺はたずねた。
「そうですよ」新八は答える。
「おでんは玉子がうまいよな」
「僕は大根が好きですね」
「それとこんにゃくとか」
「確かにこんにゃくも捨てがたいですねえ」
 新八は卵を買い物かごに入れた。
「やっぱりケーキと言えば生クリームだろうなあ。それに苺」
「忘れてたくせに」
「まあまあそれはご愛嬌」
 俺はとことん調子のよい男だ。
「つぎは忘れねえよ」
 そして前向きでもある。たぶん。
「本当ですかねえ」
 新八は疑惑の眼差しをむける。俺は新八からひょいと買い物かごをうばっ
た。
「お持ちいたします」
 にこやかに笑って言った。
「――どうも」
 新八は少々面食らった顔でこたえた。
「つぎはどこに行くんだ」
「じゃあレジに」
「了解」
「クリスマスって世間ではやれ恋人の日みたいに言われてますけど、本当は家
族ですごす日なんですって」
 レジは案の定混雑している。並んでいる最中にふと新八が言った。
「ふうん」
 家族ねえ。
 気のない素振りをよそおった。なぜよそおう必要がある。どこにもないけれ
ど。
「来年は忘れない。むしろクリスマスはずっとケーキ係を買って出よう」
「できない約束はしないほうがいいですよ」
「おう」
 いつの間にかレジの順番がめぐってきていた。台に買い物かごを置く。
「わかってるよ」
 新八を見て言った。
 






20071130
オマケ









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