「どれがいいと思う?」
 机に三つ折のパンフレット広げて、僕は言った。ソファに寝そべって酢昆布を
しがんでいた神楽ちゃんはひょいと顔を上げた。
「なにアルか」
 起き上がってパンフレットをのぞき込む。
「クリスマスのケーキだよ。予約しようと思って」
 僕は神楽ちゃんの前のソファに腰掛けた。
「クリスマス! ケーキが食べられる日ネ!」
「ああ、まあそうだね」
 僕は苦笑して頷いた。
 クリスマスという日があることを去年はじめて知った神楽ちゃんは、その日は
大きなケーキを食べられる日と認識したらしかった。
 パンフレットにはさまざまなケーキが並ぶ。色あざやかな果物がふんだんに
盛られた豪華なもの、生クリームに苺だけのシンプルなもの、丸太の形をした
チョコレートケーキ。姉上が美味しいと言っていたケーキ屋である。そのときは
ショートケーキを買ってきてくれて、ふたりして食べた。
 神楽ちゃんの目は忙しなく動く。
「どれもおいしそうアル」
「きっとどれもおいしいよ」
 じゅうぶん悩んだ末、神楽ちゃんは一つのケーキを指差した。
「これがいいアル」
 選んだのは生クリームのデコレーションケーキだった。真っ白いクリームの上
に円を縁取るようにして苺が並ぶ。真ん中にはチョコレートの家があり、砂糖
細工のサンタクロースが立っている。
「去年のやつに似てるね」
 神楽ちゃんにとって、クリスマスは銀さんの買ってきた丸いケーキなのだ。
「銀さんも生クリームのケーキがいいって言ってたよ」
 僕は言った。
「銀ちゃん、甘いものなら何でもいいアル」
 神楽ちゃんは銀さんを見透かすように言った。そして再びパンフレットに目を
やった。時折うっとりしたため息をもらす。
「言えてるね」
 色とりどりのケーキはクリスマスの妙に浮き足立つ雰囲気そのものだった。
神楽ちゃんは飽きもせずパンフレットに熱い視線を送っている。
「来年は銀さんが買ってくれるって」
 ふと思い出して言った。
「クリスマスケーキを?」
「うん」
「銀ちゃんはきっとクリスマスとか興味ないアル」
「なんでそう思うの」
 僕は神楽ちゃんを見た。熱っぽい目でクリスマスケーキを見つめていたにも
拘わらず、その科白は冷静だった。
「なんとなく」
「興味ないっていうか――。きっとピンとこないんだろうね」
 特別な日だとか。それを心待ちにするだとか。自分のこととして考えられない
のだろうと思う。
「新八は来年覚えてると思うアルか?」
 神楽ちゃんはパンフレットを元通り三つに折りたたんだ。            
     
「どうだろうね。でも忘れてても大丈夫だよ。思い出してもらえばいいだけなん
だから」
 銀さんはクリスマスについてすっかり忘れていた。そしてそれを少し気まずく
思っていたようだったけど、僕は大して気にしちゃいない。
「銀ちゃんの耳元までいって」神楽ちゃんは悪戯っぽく笑う。
「うんうん」
「クリスマスアルヨ! って大声出すアル」
「そうそう」
「簡単アル」
「簡単だね」
「銀ちゃんどこ行ったアル?」
「パチンコじゃない?」
「仕方ない大人アル」
「ほんとだね。そのぶん僕らがしっかりしないとね」
 うんうんと二人で頷きあう。その時、玄関で扉が開く音がする。噂の張本人が
帰ってきた。
「帰ってきたアル」
 神楽ちゃんが真っ先にソファから飛び起きて、走っていった。
 僕はパンフレットをふところに滑り込ませた。
「おーい。帰ったぞ」間延びした声が聞こえ、神楽ちゃんをその腕にぶらさげた
銀さんが入ってきた。
「おかえりなさい」
「おう」
「今晩もおでんですよ」
 僕が言うと同時に、二人は「ええええ」と眉をしかめた。
「三日目のおでんは味が染みて格別なんですよ」
 そっと胸のあたりを触った。クリスマスが息をひそめて、その日を待ち侘びて
いる。
 銀さんが忘れても大丈夫。僕らはちゃんと覚えている。





20071201









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