家族ゲーム2





 真昼間から、障子も襖も締め切った薄暗い自室に篭っていた。何をするでもな
い。ただごろごろと寝転がっていると、突然勢いよく襖が開いた。途端に、明るい日
差しが差し込んできて、思わず目を細めた。そこには太陽を背に、姉上が仁王立ち
で立っていた。
「あのね、新ちゃん」
 その威圧的な笑顔に慄き、僕はぴょんと起き上がり、正座をした。
「僕、万事屋辞めたんだ。何を言われようともうあそこへは行かないから」
 姉が口を開く前に一気にまくし立てた。
「あのねえ、新ちゃん」
 ため息交じりの姉上に多少の後ろめたさを感じるが、銀さんの態度は許せなかっ
た。
 どんなに説得されたとしても折れるつもりは毛頭ない。
「決めたんです。いくら姉上に言われても僕の決心は揺らぎません」
 強い口調で言った。すると姉上はにっこり満面の笑みを浮かべ、ごちんと僕の頭
上に拳を降らせた。
「いってぇ」
「痛いでしょう。痛いように殴ってるんですから」
 姉上は落ち着き払って答えた。
「あのね、人の話はちゃんと最後まで聞くようにって普段から言ってるでしょう? 誰
も辞めるななんて言ってません。新ちゃんの人生なんだからどうぞご自由に。でも、
うちの道場って無職を養うだけの余裕があったかしらー? 何かしら。あの天パー
の所で働くようになって怠け癖でもついちゃったのかしらあ」
「――すみません」
 そうだ。姉上はこういう人だった。
 僕は頭をぐしゃぐしゃと掻き毟り、ぺこりと頭を下げた。
「仕事、探してきます」
「ん。分かれば宜しい。どこだっていいのよ。新ちゃんが決めたところで働けばいい
の。でもニートだけは勘弁ね」
 姉上はそう言って、立ち上がった。そして、
「じゃあ、私、出勤まで寝るから」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
 欠伸をしながら去っていった。
 確かに姉上の言うことは尤もだった。この家に無職を養う余裕なぞあるはずも無
い。腐っていても仕方ない。とりあえず職を探そう。
 よろよろと立ち上がった。


 町に出て、とりあえずぶらぶらと歩く。店先に求人広告の貼り紙でも貼っていない
かと視線を彷徨わす。
 万事屋を飛び出して三日目。ひたすら家に引き篭もっていたので、久しぶりに日
光を浴びた。
 眩しい。僕は思わず目を細め、俯いた。くらくらする。
 賑やかな往来を歩きながら、ふと考えた。
(銀さんに出くわしたらどうしよう)
 何か、気まずいかも。
 そう考えてブンブンと首を横に振った。
 仮に出会ってもどうだっていうのだ? 僕は別に悪いことをして万事屋を飛び出し
た訳じゃない。堂々としてればいい。そもそも銀さんが出て行けばいい、そう言った
んだ。
 思考を巡らせて、浅いため息を吐いた。
 悲しい。
 それ以上に腹立たしい。
『辞めたいなら止めない』
 あの言葉は胸に棘のように突き刺さった。そして時間が経てば経つほど、その棘
は体内の深部へとどんどんめり込んで来るようだった。
 銀さんにとって大事なものは何だろう。
 何事にも執着せず、あるがままを受け止めて、引き止めることもなく、過ぎ去るも
のは黙って見送って。
 銀さんや神楽ちゃんと過ごすのはとても楽しい。
 でもどんなに笑っていても心の底には常に不安が付き纏っていたように思う。
 それは祭りの高揚感に似ていた。
 馬鹿騒ぎをして、毎日が楽しくて。しかし、それは一時のものだからこそだろう。終
わってしまうことが分かっているから余計に楽しいのだ。
 今を楽しまなければと、一体になって祭りを盛り上げるのだ。
 ――万事屋での毎日はまさにそんな感じだ。
 たまたま僕が転がり込んで、次に神楽ちゃんがやってきて、万事屋は賑やかにな
った。うっすらとした家族、のような繋がりが出来上がった。
 銀さんは僕たちを選んだわけじゃない。
 僕たちが勝手に銀さんのテリトリーに飛び込んだ。
 それでも期待していた。
 出来合いの家族は、いつか本物になるんじゃないかと。
 それをあんなにあっさりと見限るなんて本当に薄情だ。
(あ、段々また腹が立ってきた)
 それより職を探さないといけない。


 手当たり次第に店を当たることにした。とりあえず目に留まった茶店に入り、雇っ
てくれと頼んでみたが、充足しているからと素気無く断られた。気を取り直し、別の
店を当たる。数件尋ねてみたがどこも駄目だった。これといった仕事は見つからな
い。
 どんどん足取りは重くなる。どうしよう、姉上にどやされる。
 途方に暮れていると、不意に目に留まったのは以前働いていた飲食店だった。ク
ビも同然で辞めたが、一か八かだ。店は昼食時を過ぎていた為、客が少なかった。
きょろきょろと店長を探すと、タイミング良く奥から出てきたので、捉まえて必死に頼
み込んだ。丁度バイトが辞めてしまったらしく渋々だが雇用が決定した。
 僕はホッと胸を撫で下ろす。
 一安心だ。これで姉上への体裁がなんとか保てる。
 仕事から帰宅した姉上を出迎え、バイトが決まったことを報告すると、「そう。頑張
ってね」と笑ってくれた。やはり、万事屋については一言も触れなかった。


 それから数日経った、昼下がりだった。アルバイト先の飲食店は昼食の繁忙時間
帯を過ぎ、客は疎らにしかいなかった。僕はホッと一息ついて、空いたテーブルを
拭いたり、店の備品を補充したりしていた。
 その時、扉が開く音がした。「いらっしゃいませ」と僕は入口の方を見る。
「オヒトリ様アル」
 そこにいたのは神楽ちゃんだった。
「げ、神楽ちゃん。どうしてここに?」
 僕は焦って彼女の元に駆け寄った。
「げって、お客に対して失礼な店員アル。投書するゾ」
「客なの?」
「それ以外にファミレスに何の用アルか?」
「ないけど…」
 僕は釈然としないまま、神楽ちゃんをテーブルに案内した。メニューを渡し、水を
置いた。「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
 神楽ちゃんは、メニューをぱらぱら見てテーブルに置いた。
「焼肉定食。ご飯大盛で。それとご飯はおかわり自由デスカ?」
「焼肉定食、ご飯大盛ですね。ご飯はおかわりできません」
 僕は事務的に言って、少し屈んで神楽ちゃんに耳打ちした。
「なんでここ知ってるの?」
 銀さんだろうか。僕のことを少しは心配して神楽ちゃんに様子を見てくるように頼
んだのだろうか。
 そんな淡い期待が胸を過ぎる。
 しかし、そんな思いは一瞬のうちに打ち砕かれることとなる。
「銀ちゃんがここに来るとタダ飯食えるぞって言ってネ。そういうことで新八、ここツ
ケでよろしく」
 神楽ちゃんは空恐ろしい台詞を事も無げに言い放った。
(あ、あのヤローーっ。殴る。ぜったい殴ってやる)
 怒りにこめかみがぴくぴくと痙攣する。期待した自分が馬鹿だった。銀さんはそう
いう人だった。
「ちょっと神楽ちゃん! 勝手なこと言わないでよ!」
 必死に抗議するが、神楽ちゃんはどこ吹く風だ。「仕事中だろ。仕事シロよな」しっ
しと追い払われる。
(な、何で僕が邪険に扱われる訳? 納得できない)
 しかし勤務中とあり、それ以上は声を掛けるタイミングを失ってしまった。彼女は
焼肉定食を豪快にかっ込んで、店を後にする。
 勿論、宣言したように代金は払わなかった。「美味かった。また来てやってもいい
ぞ」
 不穏な捨て台詞を残し、去っていった。
(どうしよう。神楽ちゃんまた来るのかな)
 僕は、神楽ちゃんのいたテーブルを片付けながら嘆息を漏らした。





20070212
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