夜の子ども 5





 さすがに我慢の限界だ。
 私はソファでとどのように寝そべる銀髪を睨みつめた。ついでに窓の拭き掃
除をしていた眼鏡の首根っこをひっ掴まえて来、その隣に立たせた。
「なに、神楽ちゃん。僕、掃除の途中なんだけど」
 眼鏡が雑巾とバケツを片手に言った。眼鏡は何にそこまで駆り立てられるの
か、毎日毎日飽きもせずに掃除をする。細かな汚れや塵を見つけては、磨い
てみたり掃いてみたり、する。その顔は嬉々としているように見える。
 銀髪はふらっとどこかへ出掛ける時もあれば、ずっとソファを陣取って動かな
い日もある。
 日に日に貧相になっていく食生活に私は焦りを覚えていた。
「このままじゃ餓死するネ」
 私は抗議した。ここで過ごして一週間あまり。二人は日々の過ごし方は違え
ど、暇そうである。収入源がない。このままでは食いはぐれてしまう。
 するとうつ伏せだった銀髪が顔を上げた。
「てめー人聞きの悪いこと言うんじゃねえ。食わせてないみたいじゃねーかよ。
他人が聞いたら誤解するだろ」
「だって昨日の晩なんて、パンの耳だけだったヨ」
「でも腹いっぱい食っただろが」
 銀髪はむくりと起き上がって、胡坐をかいた。
「そうだよ。昨日あんなにおいしいおいしいって言って食べてたじゃない。耳、油
で揚げて砂糖まぶしたの」
 眼鏡が同調する。私は尚も食い下がった。
「でも肉が食べたいアル」
「贅沢言うな」
「パンの耳すごいんだよ。三十円で山盛り買えるんだよ」
「それはありがたい食材だね。貧乏人の味方だね。新八君」
「ですねえ。銀さん」
 二人が無理矢理盛り上がるので、私はむっとして口を噤んだ。ここに転がり
込んだのは失敗かもしれない。ふりかけご飯すら食べられない。だけどヤクザ
の元にだけは帰るつもりはない。
「おいおい。そんな落ち込むなよ。明日は依頼が入ってるから、その報酬で焼
肉食い行けるだろ」
「えっ。そんな贅沢して大丈夫ですか。銀さん」
「一日ぐらい許されるだろ」
 銀髪と眼鏡のやり取りが耳を素通りしていく。
「仕事、アルか?」
「おう。待ちに待ったお仕事だぞお」
 仕事。その言葉にどきっとした。ヤクザ組織にいた頃を思い出し、一瞬だけ
体がすくんだ。すると銀髪の手が伸びてきて、私の頭を無造作に撫でた。
「ただの屋根修理だっつーの」
 銀髪は言った後、何ごともなかったかのように眼鏡と明日の予定について話
し始めた。
 私はなんだかくやしいような、泣きたいような、胸のうちがじんわりと弛んだ。
 その日の夕食はふたたびパンの耳だった。眼鏡が昨夜、大量に作り置きし
ておいたのだという。
 甘い。
 やっぱり夜は塩っけのあるものが食べたいというと銀髪に贅沢言うなと問答
無用で殴られた。
「明日、晴れますかね。雨降ったら仕事延期になっちゃいますよね」
 眼鏡がパンの耳を齧りながら言った。
「晴れてもらわないと困る。まじで餓死するぞ。それでなくても多飯食らいがい
るんだからよお」
「それ、もしかして私のことアルか」
「お前以外に誰がいるんだよ」
 銀髪が大仰にため息を吐く。もういい加減にしなよ、二人とも。喧嘩するとそ
れだけお腹減るよ。眼鏡がへらへらと笑いながら言うので、銀髪と私は口々に
うるさいと文句を言ってやった。


 風呂から上がると、眼鏡が玄関先で履き物を履いていた。ちょうど帰るところ
だった。
「じゃあまた明日ね」
 体を起こし、私を見た。
「明日アル」
「おやすみ。ちゃんと髪、乾かして寝なよ」
 引戸に手を掛けたのに、ふと振り向いたので何かと思った。
 やっぱり口うるさい。
 眼鏡が帰ったあと、部屋に行くと、銀髪はソファに寝そべってテレビを見てい
た。
「子どもは早く寝るよーに」
 テレビに向いたまま銀髪が言った。銀髪もちょっと口うるさいところがある。
薄々気付いてはいたが、どうもこの二人は私を子ども扱いしているフシがあ
る。
「言われなくても寝るアル」
 面白くない。
 ぴしゃりと扉を閉め、廊下をワザとばたばた音を立てながら寝床へと戻った。






20081117
夜の子ども6へつづく








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