夜の子ども 3





 万事屋に戻ると銀髪がむすっとした顔で出迎えた。
「おせーよ。お前が飯当番だって口が酸っぱくなるほど言っただろ。忘れたの
か。馬鹿なのか」
「うるさいアルな。わかってるアル」
 銀髪を睨みつけた後、私は台所へ直行した。すると後から眼鏡もついてき
た。
「なにアルか」
「お米の場所とかわかるかなと思って」
 眼鏡はそう言って、米の場所や食器の置き場所などを細かに説明する。
「炊飯器はここだよ」
 眼鏡はころんとした形の白い箱を指差した。
「スイハンキ?」
「知らないの?」
 私が問い返すと眼鏡はぎょっとした顔になった。そんなにおかしい質問をした
のだろうか。
「神楽ちゃんは今までご飯はどうやって炊いてたの」
「鍋アルよ。はじめちょろちょろ、中ぱっぱ。赤子ないても蓋とるなアル」
 マミーに教わった言葉だ。
「へえ。い、意外と古風なんだね」
 眼鏡はなぜか口どもりながら、メガネを掛けなおした。
「なんかおかしいアルか。マミーのこと馬鹿にするアルか」
「ち、違うよ。そんなつもりないって。でも炊飯器も便利だよ。お米洗って、なか
にセットして、このボタンを押すと、勝手に火加減とか調節してくれて、おいしい
ご飯が炊けるんだよ」
 眼鏡はスイハンキに並ぶ小さなボタンの一つを指し示した。
「まじアルか。そんな便利なもんがあるアルか。江戸はすっげーな。コレ」
 私は感心して、その白くつややかなスイハンキを尊敬の眼差しで眺めた。
「じゃあ僕、向う行ってるから、何かわからないことがあったら言ってよ」
 眼鏡は一頻りの説明を終えて、台所を出て行った。米を洗い、教えられた通
りにスイハンキにセットする。簡単だ。江戸はすごいところだとパピーもマミーを
言ってたが、本当にその通りだ。
 スイハンキを床に置き、その前に座り込んだ。じっと眺めているとスイハンキ
から湯気が立ちのぼり、いい匂いがし始めた。何もせずに見ているだけで出来
上がる。すごい。本当にすごい。スイハンキから片時も目を逸らせずにいると、
銀髪がやってきた。
「お前、何してんの」
「出来上がるの待ってるアル」
「ずっと見てるつもりかよ。物好きなやつだな」
 銀髪は呆れたようにため息を吐き、冷蔵庫からいちご牛乳を取り出してコッ
プに注いだ。そしてちょっと肩を竦めて出て行く。私は気にせずスイハンキを一
心に見つめた。やがてピピーと機械音が鳴った。
「音が鳴ったアル」
 タイミングよく現れた眼鏡に言った。
「出来上がったみたいだね」
 眼鏡が笑う。小一時間もせず、米が炊き上がった。教えられた食器棚から茶
碗を取り出す。順番にご飯をよそっていく。眼鏡がさっき花柄の茶碗を取り出
し、私の分だと言った。こんな小さな茶碗じゃ何杯おかわりしたって足りない。
そう思ったけど、それは言わなかった。私はその花柄をした小ぶりの茶碗に山
盛りのご飯をよそった。そして銀髪に宣言したとおり、それぞれにのりたまのふ
りかけを振り、みんなもとへ運んで行った。
 炊きたてのご飯はおいしい。
 銀髪や眼鏡がのろのろ食べている間に私は三度おかわりをした。
「お前の胃袋破れてんじゃねーのか」
「ちゃんと噛まないと喉につまるよ」
 銀髪と眼鏡が口々に言う。
「成長期アル。それにちゃんと噛んでるアル」
 あ然とする二人を余所に私はスイハンキのなかのご飯を全て平らげた。









20081116
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