夜の子ども 1





 私はただお腹が空いたら食べたくて、眠たくなったら眠りたい。それだけだっ
た。
「あ、神楽ちゃん出かけるの?」
 靴を履いていると眼鏡が玄関までやってきた。地味な顔立ちにお人好しそう
な笑顔は、いかにも騙されやすそうな雰囲気を醸し出している。
「あんまり遅くならないようにね」
「うるさいアル。私に指図すんな」
 眼鏡は気弱そうなくせに、口うるさいところがあって鬱陶しい。私の言葉に、
眼鏡は困ったように苦笑いを浮かべた。その時、廊下の向うから銀髪がのそ
のそとあらわれた。
「今日の晩飯、当番はお前だろ。どこをほっつき歩こうが勝手だけけど、当番
は忘れんなよ」
「そんなもの知らないアル」
 銀髪の面倒臭そうな態度にも益々むかついて、いい加減に返事をすると、玄
関先に立て掛けている傘を引っ掴んだ。
 眼鏡が私の名前を呼んだけれど、無視をする。外へ飛び出し、階段を一気に
駆け下りたところで、ちょっとだけ振り返った。万事屋と書かれた看板の下、玄
関を見上げる。二人が追ってくる気配はなさそうなので、ほっとする。私は傘を
広げ、真昼の江戸の町へと繰り出した。
 万事屋に身を寄せてから、かれこれ三日が過ぎた。その間、仕事をしていな
い。あの銀髪と眼鏡は毎日毎日仕事がないと嘆いているが、そこに危機感は
感じられない。能天気な地球人だ。
 江戸にやってきたのは一攫千金を夢見たからだ。おいしいご飯を思いっきり
食べ、ふかふかの布団で眠る。贅沢な暮らし。ヤクザの組織からの誘いは、正
直魅力的だった。気兼ねなくご飯のおかわりができる生活なんて夢のようだと
思った。しかしよかったのは最初だけだった。日に日にヤクザの要求は高まっ
ていき、より残虐性の強いものが多くなった。
 私は組織から逃げ出した。
 そんな時にあの二人に遭遇したのだ。ただただ故郷に帰りたい。ヤクザの追
っ手から逃げるために銀髪と眼鏡を利用した。誰でもよかったのだ。江戸の人
も散々、私を利用した。
 誤算だったのは、組織からは無事に抜け出したものの、故郷へ帰るだけの
お金がなかったことだった。私は、考えてみればヤクザからご飯は食わせて貰
ったが、現金は殆ど受け取っていない。私はつくづく馬鹿だ。仕方がないので、
再び馬鹿な二人を利用することにした。万事屋の押入れを寝床にして三日。江
戸の人間は怖いばかりだと思っていたけど、撤回する。馬鹿な人間もいる。











20081115
夜の子ども2へ








inserted by FC2 system