やわらかいひのてらに






 ベランダに干していた布団を取り込むと、暖かな空気をいっぱいに含んでふ
かふかだった。
 気持ちいいなあ。
 春の日差しの匂いだ。
 ちょっとだけならいいよな。
 僕はその暖かな誘惑に負け、部屋の隅に取り込んだばかりの布団を敷き、
横になった。
 そして顔を埋めてみる。
 銀さんと神楽ちゃんは昼からぷらぷらと出掛けた。きっと夕方まで帰ってこな
いだろう。
 あの人たちは腹時計で生きてるからな。腹が減ると二人して判を押したよう
に戻ってくる。なんていうか似た者同志なんだよなあ。
 ふふっと笑いが漏れる。
 大きな欠伸をした。目尻に涙がにじむ。
「ねむ」
 睡魔が襲ってきた。やばい。
 晩御飯の買い物しに行かなきゃならない。それに洗濯物も取り込まないと。
 ああだめだ。寝ちゃだめなんだって。
「…でもちょっとだけ」
 僕はやっぱり誘惑に負け、そろそろと目を閉じた。


 ふと何かが触れる感触に目を覚ました。
 僕のあたまをなにかが触れている。それは大きな手だった。誰かが僕のあま
たを撫でている。とても控えめなのは、僕を起こさないようにだろうか。
 銀さん。
 薄目を開けると、部屋は薄暗かった。いつの間にか夕方まで寝入っていたら
しい。橙色に染まる室内で、銀さんは僕の傍らに胡坐を掻いていた。壁にもた
れかかっている。
 逆光でその表情はよく分からない。ただ、僕のあたまを撫でている。
 僕はなぜか起きだすことができなかった。ぎゅっと布団を掴み、再び目を閉じ
て寝た振りをする。
 とても静かだった。しかしその静寂は居心地の悪いものではない。
 気持ちいいなあ。
 やさしい掌を感じながら僕は再びまどろみ掛ける。

 その時、玄関で物音がした。一気に覚醒する。
「銀ちゃーーん。めがねーーー。いないアルかあああ」
 神楽ちゃんが帰ってきたんだ。
「おーーー。いるぞおお」
 銀さんが僕の頭から手を離し、声を上げた。立ち上がる気配がする。
「ぎんさんっ」
 僕は何故か焦って、体を起こした。
「おう、起きたのか」
 銀さんはこちらを振り返った。
「ぼ、ぼく寝てましたか」
「爆睡だったぞ。俺が鼻つまんでも、耳引っ張ってもカーカー寝てたぞ」
 障子に手を掛け、銀さんはいたずらな顔をする。
「あー、腹減ったなあっと」
「す、すみません」
 僕も慌てて立ち上がる。いそいで用意しますね。銀さんの横をすり抜け台所
へと向う。
 僕は自分で自分の頭を撫でてみた。やっぱりちがう。
 大きな手。僕より大きな手。
 その感触を思い出すと不思議な気持ちになる。くすぐったいような照れ臭いよ
うな。お腹の底からじわじわと温かなものが湧き上がる。
「銀さんの手のひら」
 振り返ると銀さんが「なんだあ?」と足を止めた。僕は自然と銀さんの手に視
線がいった。
 温かなものの正体は分からない。
 でももう一度撫でてほしい。
「なあに、新ちゃんよ?」
 しかし、それを口にするのはやっぱり憚られる。僕は「なんでも」と誤魔化し
た。
「へんなこ」
 銀さんがぽんぽんと僕のあたまを撫でる。
「銀さん」
 僕は呆けた顔で銀さんを見た。
「なによ」
 僕は「なんでもないです」と言って、へへへと笑った。銀さんは少し眉をひそめ
たが、やがて少し笑い、僕のあたまをぐりぐり撫でてその手を離した。
 離れていく瞬間は少しさみしかった。



20070422









inserted by FC2 system