年越しを






 テレビのなかでは、大人数して賑やかな笑い声を上げている。
 今夜は今冬一番の冷え込みだと先ほどのニュースで言っていた。外は風が
ごうごうと吹きすさぶ。そのせいで雨戸ががたがたとうるさい。そこで僕たちは
大人しくうちに篭ることにした。ほんじつの大半をこたつの中で過ごしている。
冬ごもりである。
「そろそろだ」
 僕はふと時計を見て言った。
 テレビを見ていた銀さんが僕の方を振り返った。
「そろそろって」
「年越しそばの準備しないと。だってあと三十分もすれば新年ですよ」
 僕は時計を指差して言った。銀さんは「ああ。そうだっけ」と興味がなさそうな
反応を見せた。
「おそば、湯がかないと」
「でも神楽寝てるぞ」
 神楽ちゃんはこたつから首だけ出して寝息を立てている。ついさっきまで一
緒になってテレビを見ていたはずなのに、いつの間にか眠っている。
「起こしましょうよ」
 僕は言った。
 せっかくそばを用意したのだ。しかも海老の天ぷらも購入している。奮発した
のだ。
「え、起こすのかあ」
 銀さんは面倒臭そうに神楽ちゃんを揺すぶった。神楽ちゃんは少しだけ眉間
に皺を寄せて、寝返りを打った。しかし起きる気配はない。
「おーい。かぐらあああ。起きろって新八君が言ってますよう」
 銀さんは今度は強めに揺すぶった。しかし結果は同じだった。よっぽど熟睡
しているらしい。僕はがっかりして嘆息をもらした。
 年越しそばを食べようと夕食は控えめにしていたのだ。銀さんや神楽ちゃん
は言わずもがな普段通りがつがつと食べていたが、僕はそれを横目に、より
美味しく天ぷらそばを食す状態を作っていたのだ。
 それにやはり年越しそばを食べないと新しい年を迎える気がしない。
「年越しそばあ」
 僕は沈んだ声で呟いた。
「じゃあ二人だけで食うか」
 銀さんは神楽ちゃんを起こすのを諦めた。つくえに頬杖をついて冷めた茶を
啜る。
「え」
 僕は怯んだ。二人で食べると神楽ちゃんは明日の朝、一人で食べることにな
るだろうなあ。それは正月早々なんだかさみしい。
「まあ、おそばは明日の朝食べましょうか」
「おう。年越したそばだ」
「銀さんそれ面白くない」
「うるせ」
 銀さんはテレビのチャンネルを変えた。画面には、大雪のなか震えながらレ
ポートをする男が映っている。
「さむそう」
「全くよくやるぜ」
 銀さんは丸まった背中で言った。
 神楽ちゃんは相変わらずぐっすりと眠っているが、体をうずめているのが熱
いのだろう。頬が赤い。
「神楽ちゃん、風邪引いちゃいますね」
 僕は銀さんに言った。
「しゃーねえなあ」
 銀さんはこたつを出ると、神楽ちゃんのもとに回り込んだ。
「おうい、神楽」
 耳元で名前を呼んで、こたつ布団を剥いだ。それでも無反応である。それを
いいことに、神楽ちゃんの頬をつねったり、耳を引っ張ったりするので、僕は
「やめなさい」と窘めた。
「はいはい」
 銀さんは仕方がなさそうにその両脇を抱えると、そのまま外に引っ張り出し
た。そしてその体を横抱きにして立ち上がった。僕はそれを何となく黙ってなが
めていた。すると、
「襖あけて」
 銀さんが振り返った。
「あ、はい」
 僕は慌てて立ち上がり、襖を開けた。事務所を横切って廊下に行くと、ひん
やりと底冷えした。
「さむいですねえ」
 素足なので冷たい。ひたひたと廊下を歩く。
「つか神楽おめえ」
 神楽ちゃんは熟睡しており、ぐんにゃりしている。脱力している人間は予想外
に重たい。
「よく眠ってますもんねえ」
 僕は銀さんを追い越して、押入れを開けた。銀さんは「よっこいせ」と掛け声
を掛けながら、神楽ちゃんを押入れに寝かせた。布団を掛けると、そっと押入
れを閉めた。
 その時、遠くで鐘が鳴った。
「あ」
 最初の音を皮切りに、鐘は規則正しく鳴り続く。年が明けたのだ。
「煩悩が消えていく」
 銀さんが尤もらしい顔で言った。額に手を当てて、僕は大袈裟にため息を吐
いた。
「アンタの煩悩がそう簡単になくなってたまりますか」
「あほか。俺ほどピュアな男はいないよ?」
「ああそう」
 僕はあっさりと流した。鐘の音は重々しくかぶき町に響き渡る。
「年が終わったんですねえ」
「終わりましたねえ」
 僕がしみじみ言うと、銀さんも言った。ちらっと見上げると、視線に気付いた
のか銀さんも僕を見た。
「こ、今年もよろしくお願いします」
 僕は頭を下げた。
「こちらこそどうぞ宜しく」
 銀さんも改まって頭を下げた。そして何となく見つめ合ったあと、
「しかしさむいなあ」
 銀さんは肩を竦めて部屋へと戻っていった。鐘はまだ鳴り続いている。何しろ
百八つもあるのだ。僕は押入れをそろそろと開けて寝顔の神楽ちゃんに「今年
も宜しくね」と小声で挨拶をしたあと、また静かに戸を閉めた。
 音を立てないように廊下を渡り、部屋へと戻る。
 朝、もう一度三人で新年をご挨拶をして、そのあと一緒にそばを食べよう。
 





20080101









inserted by FC2 system