お好みで






 夕食のお買い物をしていると、泣く子も黙る真選組副長に出くわしました。
 どこでってスーパーで。

 夕食はお好み焼きにしよう。やっぱり金欠時の粉モンは最強だ。キャベツと
お好み焼き粉は家にあった筈だ。卵もある。
 買い足すものは豚バラ肉と、そういえばソースを切らしている。
 あれこれと考えながら調味料のコーナーに足を運ぶ。すると、そこには先客
がいた。男の人が何やらとても熱心に物色していた。着物姿のその人は、長
身で妙な威圧感を放っている。スーパーのしかも調味料のコーナーには全くそ
ぐわない感じだ。はっきり言って浮いている。
 僕はその浮いている人を知っていた。
 土方さんだ。
 意外というかなんというか。意外だ。
 土方さんとスーパーって結びつかない。
 挨拶した方がいいかなあ。
 今までも何度か接点はあるが、こうして二人で顔を合わせるのは初めてだっ
た。
 少し迷ったが僕は声を掛けることにした。
 そもそも彼の前にある陳列棚にソースはあるのだ。否が応でも接近しなけれ
ば取れない。
「こんにちは」
 僕が声を掛けると、土方さんは少しだけビクッと肩を揺らした。そして、ゆっく
りとこちらに顔を向けた。目を見開いている。驚いている。
「あ」
 僕は土方さんが手を伸ばしていた先を見て、小さな声を上げた。そうか。マヨ
ネーズ買いに来たんだ。
「ああ、お前、万事屋の――」
「はい。あの、いつもお世話になっています」
 お世話になってますでいいのかなあ。ご迷惑をお掛けしていますの方がいい
かな。そんなことを考えながらお辞儀をすると、頭の上でふうっとため息が聞こ
えた。
 何だか困っている?
 僅かに顔を上げて、土方さんの顔を窺った。
「あの。僕はいいと思いますけど」
「――」
「真選組副長がマヨネーズを物色してても」
「……お前なかなかいい根性してるな」
「ありがとうございます。雇い主がああですから」
 僕は笑顔で言った。土方さんの困った顔がとても可愛いもんだから、もっと困
らせたくなる。
「山崎に買いに行かせるとカロリーハーフとか買ってきやがるからよ」
 彼はがしがしと頭を掻いて、言い訳染みた台詞を口にした。それでもマヨネー
ズはしっかり握っている。
「カロリーハーフじゃ駄目なんですか」
 ていうか、普通のやつよりカロリーハーフの方が高級品なんだぞ。万事屋の
台所事情では当然だがそんな洒落た健康を気遣った商品を買う余裕はない。
「こくがねえ」
 土方さんは真面目な顔できっぱり言った。
 贅沢言って!
 こくってさあ。何にでもマヨネーズを大盛かけて食らう人に味の機微が分かっ
てたまるかっての! 突っ込みそうになったが、そこまでの関係ではないので
グッと耐えた。
「でも健康にいいですよ。きっと山崎さんは長生きしてほしいんですよ」
 そう言うと、土方さんはふんと鼻で笑った。「長生きねえ」
「命惜しんでこんな商売できるかよ」
 僕は眉を顰めた。
 土方さんは袖から煙草を取り出し、口に銜えた。僕はそれを無言で取り上げ
た。
「てめ」
「店内は禁煙ですよ?」
 ムッとする土方さんを僕は構わず睨みつけた。土方さんは苛立ちを隠そうと
もせず、煙草の箱をぐしゃりと握りつぶす。
 命は粗末にしちゃいけません。大人は口を酸っぱくして言う。命あっての物種
だ。僕もそう思う。それでもその物種掛けるものがある、ということを僕は知っ
た。知ってしまった。だからこそ、大事に扱わなきゃ駄目なんだ。
「そんな陳腐な命張られても、きっと近藤さんは御免だと思います」
 啖呵を切って我に返る。真選組の副長に何という悪態。どうしよう。
 土方さんは無言でじろじろと僕を見ている。
「す、すみません。僕偉そうなこと言っちゃって」
 慌てて平謝りした。
「確かに偉そうだ」
 土方さんがおもむろに口を開いた。低く抑揚のない声に、僕は青くなる。怒っ
てるよ! 絶対。
「ご、ごめんなさい」
「しかし」
 青ざめる僕の肩にぽんと手を置くと、土方さんはふっと笑い声を漏らした。
「道理だ」
「え?」
 思いも寄らない言葉が返ってきて、僕はぽかんとした。穏やかな顔をしていて
戸惑う。
「お前の言うことは正しい。お前が飯、作ってるのか?」
 土方さんがふと僕の買い物籠の中身に視線を移した。
「え? あ、はあ」
「まあ当然か。あの二人が飯作るようには見えんしな」
「はあ」
 唐突な会話に思考がついて行かない。僕は生返事をするのがやっとだった。
 土方さんの目はどこか遠くを見ていた。
 次の瞬間、
「――食べにきますか」
 口を吐いて出た。今晩はお好み焼きをするんです。今から食べにきません
か? 僕はもう一度言った。なぜそんなことを急に言ってしまったのか。僕自身
でも分からなかった。
「え」
 土方さんはびっくりした顔をした後、案の定困った表情になった。そりゃあ困
るに決まっている。
 でも、そのマヨネーズを持って、夕飯食べに来たらいいのにと思った。だって
お好み焼きにマヨネーズは欠かせないんだ。マヨネーズをかけたら凄く美味し
いのに。
 土方さんはきっと厳めしい外見とは裏腹にやさしい人に違いない。そして、と
ても真面目な人なんだ。
 すぐさま断られるかと思ったその誘いを、彼は十二分に困ってから、
「今日はやめておく」
 と言った。
「じゃあいつか食べて下さいね。僕の料理。これでも結構いけるんですよ」
「分かるよ」
「え?」
「分かる。お前の作るメシはうまかろう」
 土方さんはなぜかきっぱり言い切った。そして続ける。
「俺は単純な男なんだ。だから今はやめておく」
 土方さんは結局普通のマヨネーズを二本とカロリーハーフのマヨネーズを一
本抱えてレジの方へと消えていった。



「これってどういう意味なんですかね?」
 テーブルの真ん中にはホットプレート。
 僕はお好み焼きのタネをかき混ぜながら銀さんに問うた。
「あー。あれだよ。男ってさあ、単純な生き物じゃん?」
「はあ」
 僕はホットプレートに油をしきながら相槌を打った。土方さんの言葉の真意を
銀さんに尋ねてみた。まあ銀さんに聞いて解決するかは甚だ疑わしいけど。然
程の期待はしていない。
 かき混ぜたタネを熱したプレートの上に流し込む。円い形の縁から生地が焼
けてくる。じゅうじゅうと音がして、美味しそうな匂いが立ち上り始めた。
「往々にして男は手料理とかには弱いんだよ。それが結構美味かったりする
と、それだけでちょっとほだされちゃったりな」
「はあ」
「男は狼ネ! ホラ! 眼鏡。豚肉早く乗せるアル」
「えっ!? う、うん」
 僕は釈然としないまま、神楽ちゃんに急かされ生地の上に豚肉を三枚並べ
た。
「つまりだな。あのマヨネーズ野郎には今後気をつけろってことだよ。ていうか
俺ひっくり返してえぞ」
「どうぞ。でも失敗しないで下さいよ」
 コテを手渡すと、銀さんは腕まくりをして、「平気平気」とやけに自信満々で胸
を叩いた。神楽ちゃんが「銀ちゃんずるい! ワタシもやりたいネ」と銀さんの
袖を引っ張る。
「まだいっぱい焼くから」
 僕が宥めていると、横で銀さんがぼそりと呟いた。
「あいつは多分、そういうのに慣れてないからなー」
「え」
「だからきっと弱い」
 「ほらよ」と掛け声を発しながら、銀さんは器用にお好み焼きをひっくり返し
た。きれいな焼き目がついている。僕は思わず拍手した。美味しそうにできて
いる。
「野良犬に餌をやるなら最後まで面倒見る気でいろよー」
 銀さんの言葉は一々意味深で僕はその真意を量りかねた。でもこういう時、
これ以上聞いたって銀さんは教えてくれないんだよ。
「もうそろそろ出来てるアルかー?」
「おお、食べごろだ」
 神楽ちゃんがお好み焼きを食い入るように見つめていると、銀さんが適当に
答えた。
「ちょ、ちょっとまだ早いですってば。もうちょっと待たないと」
 空腹の彼らを何とか制止する。生地の香ばしい匂いが漂ってくる。
 ふと土方さんを思った。
 今晩何を食べているのかなあ。
 おいしいものを食べているといいけど。
 



20070517









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