まずはおあずけ






「ちょっと銀さん。ソファで寝ないでくださいよ」
 風呂に入り、ソファでゴロゴロしていた銀さんはいつの間にか本格的に寝入
っていた。僕は「布団で寝てください」とその体を揺すぶる。しかし生返事が返
って来るばかりで一向に起きる気配がない。
「もうこんなところで寝たら風邪ひきますよ」
 今度は更に激しく揺さぶってみる。
「あとごふん」
 銀さんはそれだけもごもごと口にするとまた安らかな寝息を立て始めた。
 睡魔に負けた人間の「あと五分」は全く信用できない。
 案の定銀さんは五分後に声を掛けても起きようとしない。
「もう、アンタね」
 僕は半ばヤケクソになって、銀さんの体を抱えた。
「お、おも…」
 背中に銀さんを抱え、ずるずると引き摺りながら歩き出す、が、やはり無理だ
った。
 べしゃりと銀さんの下敷きになる。
「ちょっと、もう重いですって。退いてくださいよ」
 僕はうつ伏せのまま、必死にもがくが銀さんはびくともしない。しばらくジタバ
タしたものの力尽きて動くのをやめた。
 すると、その途端に眠っていた筈の銀さんにぎゅっと抱え込まれた。
「あれま。もう抵抗おわり?」
「な、なに? あんた狸寝入りですか」
 重いです。上から退いて下さい。僕は首を傾げ、上に乗っている銀さんを睨
んだ。
「騙されたオマエがわるい。ここは大人しく押し倒されなさいよ」
 耳元でやけに真剣に、不穏なことを囁かれる。
「え!? なにコレ? 押し倒されてるんですか!?」
 びっくりして銀さんに訊ねた。
 おうよ。そうともよ。銀さんは僕の重いという訴えだけを受け入れ、体重を掛
けないようにしてくれたが、やはり解放しようとしない。
「銀さんもね、男の子だしね」
 あるじゃん、そういうとき。ね? 銀さんは言った。 ね?って可愛く言われて
も物凄く困るんですけど。それにそういうときってどんなときだよ。喉まで出かか
ったが、答えを聞くのが恐ろしくてやめた。
「本気ですか」
 変わりに、僕はそれだけ質問する。
「本気ですけど」
 銀さんはきっぱり断言した。
 僕は「ええええええ」と力いっぱい叫んだ。
 すると神楽ちゃんの足音がドタドタと近づいてくる。僕はホッとして、力が抜け
た。その瞬間銀さんと目が合った。困ったように笑う。
「うるさいアル!」
 神楽ちゃんが部屋に入ってくる瞬間、銀さんは僕の上からひょいと離れた。
 勢いよくやってきた神楽ちゃんは抱えていた枕を思い切り銀さんにぶつけ
た。まともにそれを食らった銀さんは「いってー」と大袈裟に痛がり笑って見せ
た。
「わりーわりー」
 そして何事もなかったように、枕を返しながら謝っている。
 神楽ちゃんの文句を一頻り受けた後、銀さんはゆっくりと僕に近づいた。僕
はぽかんとしたまま床にへたり込んでいた。
「早急すぎました。ごめんなさい」
 銀さんは頭を下げ、僕の腕を取った。銀さんに支えられ、何とか立ち上がる。
「びっくりしました」
 放心したまま呟いた。
「ん」
「ほんとにびっくりしました」
「ん」
「ほんとのほんとにびっくりしました」
「んん」
 ごめんごめん。銀さんはやはり少し困った笑顔で僕の頭を撫でた。
 僕は本当にびっくりしたけど不思議と嫌じゃなかったんです。って言おうかどう
か迷ったけど、本音は教えるのは、もう少し先でもいいかと思い直し、口を噤ん
で、少しだけ銀さんに頷いた。
 



20070423









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