もすこしまって





 「うわあああ」
 けたたましい悲鳴が上がったかと思うと、次の瞬間ドドドドドと凄い物音がした。
 夕方。
 小腹が空いたなあ何て思いながら、ソファに寝転がって週刊誌を読んでた時だっ
た。物音は屋外からのようだ。銀時は玄関に転がっていたサンダルを突っ掛けて
外へと飛び出した。
「なんだなんだ」
 野次馬根性の血が騒ぐ。
 きょろきょろと辺りを見回すと、階段の下の方から呻き声らしき声が聞こえる。下
を覗き見ると、新八が仰向けに倒れていた。
「いででででぇ…」
 その手にはしっかりと買い物袋が握られている。
(おお、主婦の鑑だね)
 内心で拍手を送りながら、鉄階段をカンカンと音を立てて下りていく。新八の頭の
方に回ってしゃがみ込んだ。
「オーイ。新八ー。生きてるかぁ?」
 覗き込んで声を掛けると新八がぼんやりした顔でこちらを見た。焦点が合ってい
ない。眼鏡は新八の足元に転がっていた。
「…ぎ、銀さん?」
「おうよ」
「階段踏み外して」
「みたいだな」
「でも、僕」
「んん?」
「…ぼ、僕、夕飯、し、死守しましたああ」
 新八は倒れたまま、弱弱しい声を発した。銀時は眼鏡を拾うと、着物でそのレン
ズをきれいに拭いて掛けてやる。
「さすが、新八君。万事屋は君なしじゃとっくに飢え死にだよ」
 くしゃくしゃとその頭を撫でると、へへっと新八は誇らしげに笑った。
「ところで立てるか」
「あ、はい」
 手で支えて、新八は上体を起こした。そして膝を立てた瞬間、「いたっ」と顔を歪め
た。
「捻ったか?」
「あ、はあ。足首が」
 そう言って、右足を摩る。見ると赤く腫れ上がってた。
「仕方ねーな」
 徐に銀時は立ち上がる。そして少し屈むと、新八の両脇を持ち上げて立たせた。
新八はされるがままになっている。
「銀さん?」
「いくぞ」
 次の瞬間、ひょいっと新八を肩に担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと!銀さん」
「なんだあ?」
 新八はびっくりして、手足をバタつかせた。
「おいおい、大人しくしなさいよ。危ないでしょ?」
 銀時は大して気にせず、新八の手から買い物袋を奪うと階段を登ろうとした。
「待って下さい」
「なに?」
「僕、米俵じゃありませんっ」
「注文多いなあ」
 銀時は新八を一度下ろしたかと思うと、今度は横抱きにした。新八は「ふぎゃあ」
っと悲鳴を上げて銀時の首に巻きついた。
 そしてふっと目が合う。新八は思わず目を伏せた。
「いいいいいいいですっ。やっぱいいです。米俵でいいです」
「がちゃがちゃうるせーな。もう面倒くせー」
 二度目の注文は却下され、銀時はそのまま階段を登り始める。
「重くないですか?」
「重い。あー、重い、重い」
 銀時は気だるげに答えた。
「お、降ろしてください」
 銀時の首をぎゅうっと絞めながら新八は顔を真っ赤にさせた。
「ぐるしー。冗談だよ。お前ねー何乙女のような心配しているのよ?」
 新八は手を解いて、俯く。
「女じゃないです」
 しかし硬い声できっぱりと言い切った。
「ハア?何当たり前のこと言ってんだァ?オメーはよー」
 カンカンと音をさせながらゆっくりと階段を登る。銀時は静かに息を吐いて新八を
見る。ずっと下を向いているせいで頭上しか見えない。
 だが、髪の毛の隙間からのぞく耳は心なしか赤い。
――ような気がする。が、気のせいかもしれない。それくらい小さな、小さな信号。
「お前さー」
「はい?」
 新八は不意に顔を上げた。そして息を呑んだ。
 俺のこと好きなのか?
 なんて。なんてね、ねえ?
「なんでもねえ」
(聞けないっつーの)
 玄関の扉を開けて、新八を下ろした。
「ありがとうございます」
 新八は履物を脱いで、右足を少しだけ引き摺るように廊下を歩く。
「おいおい、手当ては?」
 ハッとして銀時はサンダルを脱ぎ捨てながら新八に声を掛ける。新八は振り返っ
てははっと笑った。
「それくらい自分でできますよ。子供じゃないんだから」
 銀時は後姿を間の抜けた顔で見つめながら、その場でしばらく立ち尽くす。
 何だか分からんが。
(これは無性にせつない)
 認めちまうか?認めちまっていいのか。
 これは、これは恋だって。
「いやいやいやいや」
 銀時はバタバタと廊下を走る。
 とりあえず手当てだろう。
「オーイ!しんぱちよーーい」






20060909












































































































































































































































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