キスマークまがい






「銀さん、何ですか? ソレ」
 僕は銀さんの肘を指差した。
「ん? 何だ?」
 銀さんは手を曲げて、肘を見た。と、そこには小さな赤い斑点があった。
「不潔だあああ」
「ハア?」
 僕が赤面して叫ぶと、銀さんは眉を顰めて怪訝な表情を浮かべた。
(だって。それは。それは) 
 いわゆる――。
「キスマークじゃないんですかあ?」
 「ヘンタイ! すけべオヤジ!」僕は悪態を吐いた。銀さんがキスマークをつ
けているからどうだというのだ? どうしてこんなに動揺しているのだ。
 変だ。僕はおかしい。
 でも、何故だかショックなのだ。
「ハア? アホか。おまえは」
「誤魔化そうったって僕の眼鏡は誤魔化せませんよう」
「おまえの眼鏡、フレームだけなんじゃねーの? どう見たって違うでしょ。つ
か、こんな場所にキスマークつけるって意味分かんねー」
「や、銀さんは十分意味わかんない人だし」
「あのなー。……ま、いいや」
「認めるんですか?」
「だ、か、らー。定春のノミか蚊じゃねえの?」
 銀さんは欠伸をしながらぼりぼり頭を掻くと、「つきあってられん」と立ち去ろう
とした。しかし、ふと僕の方を振り返った。
「あのさあ、ここだと跡つきにくいんだよ」
「え?」
「普通はさあ、もっと柔らかい部分につけるんだ」
 銀さんは「例えば」と言いながら、僕の着物の袖を強引に肩口まで捲くった。
「あ、あの」
 戸惑いながらもされるがままになっていると、銀さんは僕の二の腕を掴んで、
突如、内側にがぶりと噛み付いた。
「ぎゃっ!」
 思わず腕を引っ込めようとするも、びくともしない。
(うわあ)
 銀さんの髪の毛が僕の腕に掛かってくすぐったい。息が肌に掛かる。反射的
に噛まれたと思ったが、そうじゃなかった。
 銀さんは二の腕を強く吸う。
「いっ…たあ」
 痛みを感じる程きつく吸われた。中々解放して貰えない。恥ずかしくて、銀さ
んを直視できない。僕は途方に暮れた挙句、俯いた。
 しばらくすると、ぱっと腕が放される。
「ほら。見てみろよ」
 銀さんは僕の二の腕をとんとんと指差した。見ると、鬱血して跡が残ってい
た。
「き、キスマーク……」
 弱弱しく呟いた。
「な。分かっただろ。キスマークっつーのは、こんなにつけるのが大変なんだ
よ! 肘なんてあり得ん! だから、俺は潔白だ」
「わ、分かりましたから……」
 もう、何かそれだけ言うのが精一杯だった。満足げな銀さんを他所に僕は素
早く着物を直した。
「きたなああ……ああ」
「汚いって、失礼なっ!ってオイ」
「銀さんのあほー」
 泣きそうになりながら悪態を吐いて、走って逃げた。
 背後で「し、新八くーーん」と慌てる声が聞こえた。でも、振り返らずに逃げ
た。腕がまだじんじんしていた。






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