家族ゲーム1





「ちょっと銀さん!」
 梯子の上から下に向って叫んだ。
「んー?」
 銀さんはのんびりした様子で僕を見上げる。
「手伝って下さいよっ!!」
「猫の一匹や二匹、新八君一人で大丈夫でしょー」
 僕はちっと舌打ちして、更に梯子をそろそろ上った。屋根の上に顔を出し、様子を
伺う。すると立て掛けた梯子の位置より一メートルほど向うで一匹の猫が気持ち良
さそうに日向ぼっこをしている。
 万事屋に一週間振りの依頼が舞い込んできた。依頼内容は迷い猫を探し出して
ほしいというものだった。半日掛けて探し出し、とある家の屋根で発見したのだ。銀
さんは暑い暑いとやる気のない態度で、僕に全て任せっぱなしで見ているだけだ。
「ほーらほら。タマコこっちだよー」
 僕は懐から煮干を取り出してヒラヒラと振りかざしてみた。
 タマコはこちらの声にピクリと片耳を動かしたものの、一向に動く気配がない。
「か、可愛げない…っ」
 瓦に両手をかけ、上半身を屋根に乗せた。
「タマコちゃーーん。ほらほら〜。怖くないよーー」
 片手をズイッと伸ばしチッチッチと舌を鳴らした。にこにこと笑顔を作るが、タマコ
はこちらに一瞥をくれて、ふいっと顔を背けた。
 さすがにムッとして、
「コラー!馬鹿猫ーー!」
雑言を浴びせると、タマコがふいに頭をもたげた。トットットと小走りでこちらに一直
線に向ってくる。
「わ、わ、わ」
 あたふたしていると、タマコが僕の頭にすたっと乗った。その勢いでバランスを崩
し、体が左右に大きく触れた。
「おーい!!新八何やってんだ!」
「落ちるんですけどーーっっ!!」
 タマコは僕の体を伝って、梯子に飛ぶと、そのまま地面に降り立った。そこを銀さ
んがすかさず捕獲する。タマコを抱きながらこっちに向って何か叫んでいるが聞い
ている余裕はない。梯子をぎゅっと掴むと、その梯子ごと後ろにゆっくりと倒れてい
った。
(し、死ぬーー!)
 思わず目を瞑ると次の瞬間物凄い衝撃と共に目の前が真っ黒になった。


「――オイ、オイ」
 体を揺さぶられて目を覚ました。焦点が定まらなくて薄目になる。しばらくじっと見
つめていて、それが銀さんのアップだと気付いた。心配そうに覗き込んでいる。
「あれ…ここって」
 芝生の上に寝ころんでいる。見知らぬ家の庭のようだ。銀時はしっかりとふてぶ
てしい猫を抱いていた。ああ、そうだタマコ。徐々に記憶がはっきりしてくる。捕まえ
ようとしていて梯子ごと地面に叩きつけられたのだ。
 むくりと起き上がると、頭に痛みが走る。
「イタタタタ…」
 後頭部を押さえると、ぼこりとコブが出来ていた。
「だっせーな。オイ。大丈夫か?」
 銀さんがぷっと吹き出して、手を差し伸べてきた。髪の毛について草を取って「き
ったねーな」と笑っている。誰のせいだよ。元と言えばアンタが手伝ってくれなかっ
たせいだろうが。のん気な銀さんを見ているとムカムカとしてきた。
 その時、ふと思い浮かんだ。ちょっとした悪戯心だった。少しだけ銀さんを困らせ
てやれ。そう思った。

「…あなた…誰ですか?」
 眉を顰めて精一杯怪訝そうな顔をしてみせた。
「は?何言い出してんだ?」
 銀さんがぎょっとしている。僕は内心で舌を出した。今度は頭を押さえてうずくまっ
た。
「思い出せない。あなた誰ですか?僕ここで何してたんですか?ああ!」
「…自分のことは分かる?」
「…はい。え、志村新八ですけど…あなたは?僕はバイトがクビになって…うーん。
そこから思い出せないな」
 僕は咄嗟に銀さんと出会ってからの記憶がすっぽり抜けているかのように振舞っ
た。慌てる銀さんを見て「嘘ですよ」ってタネばらしするつもりだった。
「そか」
 銀さんはぽつりと呟いて、しばらく押し黙ってしまった。何やら考え込んでいる。
「あ、あの…」
 沈黙に耐えかねて、嘘だと明かそうと思った。銀さんの肩をポンッと叩くと、こちら
を向いてふっと息を吐く。
「悪かったな。いやすまなかった。ぼさっと歩いてたらぶつかってしまったんだよ。
君、その衝撃でコケちゃってさ、頭ぶつけたみたい」
「は?」
 銀さんはタマコと一緒に深々と頭を下げた。一瞬何を言われたのか理解出来ず
にポカンとしていると、銀さんが「よいしょ」と立ち上がった。
「うい」
 手を差し出されて、戸惑いながらもその手を取った。手を引かれて立ち上がると、
銀さんは僕の髪や着物についた汚れを払ってくれた。
「悪かったな。病院行くか?なら付き合うけど」
「え…いや、あのあなたは?」
「えっと、ただの通りすがりです」
 銀さんはぼりぼりと頭を掻きながら答えた。
――他人の振りされた。
 あたふた慌てるどころかすっぱり切り捨てられた。悲しい。悔しい。情けない。腹
が立つ。許せない。そんなに、そんなに簡単に。
 ぎゅっと握り締める拳が、いろんな感情でぶるぶる震える。
「…ほ」
 下を向いたままぼそりと呟く。
 「え?」と銀さんが顔を近付けてきた。その時、ぎゅっと握り締めた拳で銀さんの横
っ面を殴った。力いっぱい殴りつけた。
「いってぇ」
 銀さんが頬を押さえてこちらを見た。
「銀さんのあほーーっっ!!」
「…え?新八?」
 混乱している銀さんを僕はぎっと睨みつけた。
「嘘です。記憶ならちゃんとありますよ。でも、あなたが薄情な人だってこと、よっく分
かりました!もういいです。銀さんのご希望通り万事屋なんて辞めてやりますよ!」
「お前ね、そーゆー冗談大嫌いよ。俺は。辞めたいなら止めないしね。辞めちまい
な」
 銀さんは冷ややかな視線を僕に浴びせた。怒っている。でも知るもんか。
「あんただって記憶なくしたくせにっ」
 吐き捨てた。
「あのね、それ不可抗力でしょ?」
 銀さんは面倒くさそうにため息を吐いた。僕は踵を返した。その瞬間、
「ちょっと」
呼び止められた。「なんですか」つっけんどんに振り返るとずいっと何かを差し出さ
れる。
「眼鏡、忘れてるぞい。眼鏡っ子」
「どーも、ありがとうございましたっ!!」
 銀さんのどこまでも普段どおりの口調が我慢ならなかった。ふんだくるように眼鏡
を奪うと、今度こそ全速力で走った。むかつく。むかつく。薄情者。薄情者。ネオン
が灯り始めた往来を走る。しばらく走って、ふと足を止めた。ぜいぜいと肩で呼吸を
しながら後ろを振り返る。
「知ってる」
 銀さんは追ってこない。
 そういう人なんだ。
 



20060821
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