いつのまに






 きっかけは神楽ちゃんの一言だった。
「何か今日の焼きそばいつものと違うアル」
 神楽ちゃんは焼きそばを頬張りながら言った。
「え? 美味しくない?」
 僕は箸を休めて神楽ちゃんを見た。今夜の食事当番は僕だ。心配になって
訊ねる。横目で見ると銀さんはガツガツ無言で食べていた。
「そうじゃないネ。いつもの焼きそばと何か違うネ! あ、分かったアル。上にマ
ヨネーズ掛かってるアル。これイケるネ」
「良かった。いつもと変えてみたんだ。油の変わりに豚肉もマヨネーズで炒めた
んだよ」
 普段、焼きそばの上には青海苔とかつお節をまぶすだけだが、今夜は少し
趣向を変えてみた。良かった。好評のようだ。僕はホッとして食事を再開する。
「神楽。よーく覚えておけよー。人がなあいつもと違うことをする時はよお、何か
しらの変化があるもんだ。例えばデートする相手ができたとかよ。お前はそうい
う相手ができた時はちゃーんと報告しろよ。おとーさん内緒ごとは寂しいぞお」
 それまで黙々と食べていた銀さんは、おもむろに口を開いたかと思うとため
息交じりで言った。
 僕は思わず唸った。
「何それ。新八にそんな相手出来たアルか!? 水クセーぞ! どこの誰アル
か」
 途端に神楽ちゃんが興味津々の顔でテーブルに身を乗り出した。
「そうだぞー。水臭いぞ」
 銀さんも便乗して言う。
「神楽ちゃん、食事中だよ? 行儀悪いよ。銀さんも煽らないで下さいよ」
「何だよ。逃げる気アルか。逃がさねーぞ」
 神楽ちゃんをたしなめるも全く効果はない。益々好奇の眼差しで僕を見る。
困ったなあ。銀さんの馬鹿。余計なことを言って。銀さんを睨むが、にやにや笑
うばかりだ。
「ちょっと待って下さいよ」
 僕は最近交際相手に恵まれた。その人は土方さんという。泣く子も黙る真選
組の副長で、日夜江戸の町を守る。
 僕は自慢じゃないけど恋愛経験がない。齢十六にして初めて恋人と呼ばれる
相手が出来た。だから勝手が分からない。デートをしようにも、そもそもデート
とは何ぞやという次元である。だから銀さんに意見を乞うた。銀さんは「普通が
一番」と言った。アレ以来僕は土方さんと何とか仲良くやっている。僕は土方さ
んと色んな話をする。今晩の献立とか最近夢中のテレビ番組とか、そういう他
愛ない話もする。それで僕が夢中の昼ドラを土方さんも好きだということが発
覚した。土方さんは結構テレビが好きだ。僕らはそうやって少しずつお互いの
ことを知り合っている。
 そういうことのヒントをくれた銀さんにはまあ多少なりとも感謝をしているが、
土方さんとの交際については未だ報告していない。
 それを根に持っているのか。
 でも相手のあることだし、むやみに他言するのもどうだろう。
「言えねえような相手なのかあ?」
「なのかあ?」
 銀さんと神楽ちゃんが僕の顔を覗き込む。
「違います! 断じて違います!」
「じゃあちゃんと報告しなさいよ」
 銀さんはテーブルを軽く叩いた。存外に真面目な口調で言われ僕は怯んだ。
「と、とにかく今日は駄目です! 後日改めて報告しますから」
 それでも不満げな二人をどうにかこうにか納得させると、僕はこっそり胸を撫
で下ろした。


 翌日、往来を巡回していた土方さんを捕まえた。「少し歩くか」土方さんの提
案に僕は二つ返事で頷く。僕らはこうして余暇の逢瀬に勤しんでいる。
 そこで土方さんに昨夜の件を相談した。
 もしかすると僕らのことは他言するなと言われるかもしれない。プライドの高
い人だし、ひやかしを受けるのは嫌うだろう。
 しかし、覚悟に反して土方さんはあっさり承諾した。
「いいんじゃねえか?」
「え? 銀さんたちに報告してもいいんですか?」
 思わず聞き返した。すると土方さんは煙草に火を点けながら僕を横目で見
た。
「別に後ろめたいことをしてるわけじゃねえだろ」
「そうですね」
 土方さんの言葉はぶっきらぼうだけど優しい。へへっと笑うと土方さんが片手
でがしがしと僕の頭を撫でた。
 そして、
「挨拶いくか?」
 煙を吐き出てから、しらっと事も無げに言った。
「いいいいいです!」
 僕はびっくりして遠慮した。
「そうか」
 その時土方さんの携帯電話が鳴る。きっとお仕事だ。束の間の逢引の終わ
りを告げている。ちぇ。僕はこっそりため息を吐いた。電話が鳴ると、やはり少
しがっかりする。江戸の町を守る大事なお仕事だ。分かっているのにやはり寂
しくなっちゃうのは仕方ない。好きだから仕方がない。土方さんは事務的な遣り
取りをしてから電話を切った。
「お仕事頑張って下さいね!」
 僕は土方さんが口を開く前に元気よく言った。
「おう。悪いな」
「いえ。それじゃあまた」
 土方さんの背中に僕は手を振る。
 昨日も土方さんに会ったというのに不思議だなあ。どうして寂しくなるのかな
あ。
 去っていく背中をぼんやりと眺めていた。すると土方さんがふいに振り向い
て、つかつかと戻ってきた。
「どうしたんですか」
 何事だろうかと首を傾げる。
「あさっては休みだから」
 土方さんは唐突に言った。
「だからもう少しゆっくり出来る」
「は、はい」
「じゃあな」
 土方さんはそれだけ告げると早足で雑踏の中に消えていった。心なしか顔が
赤かった気がするのは気のせいだろうか。
「そうか…。あさってはゆっくりできるのか」
 僕は土方さんの言葉を反芻して、万事屋へと帰路を急いだ。


「と、いう訳で僕土方さんと付き合ってます!!」
 帰宅すると銀さんと神楽ちゃんは家にいた。そこで僕は二人に堂々と交際宣
言をした訳です。
 すると、予想に反して冷めた反応が返ってきた。肩透かしを食らった気分だ。
昨夜はあんなに興味津々で聞いてきたのに何その態度! 
 少々気分を害すると、二人は顔を見合わせた。
「何ですか。その態度は」
「だってなあ」
「そうアル」
「ばればれなんだよ」
 銀さんが呆れたように言った。
「え?」
「気付くだろ。フツー。何アレ! 昨日のあからさまなマヨネーズ料理!」
「じゃあ何で昨日――!」
「お前は隠し事なんて似合わねえの。なのにコソコソしやがるからからかっただ
けだよ」
「そうなんだ……」
 神楽ちゃんもうんうんと頷いている。僕は脱力した。秘密にしていたつもりな
のに、すっかりばれていたのか。
「しかしだ、あの真選組とねえ。いつから好きだったんだよ」
 いつから。銀さんに質問されて僕は考え込んだ。いつからだろう。
 いつの間に土方さんと会えない日は物足りないって思うようになったんだろ
う。さよならを言った後、ため息が出るようになったんだろう。
 いつの間にこんなに好きになってたのかなあ。
「いつからだろう……いつの間にかなんですよね」
 考えた挙句、僕はそんな答えしか出来なかった。
「何ソレ。それって朝ごはん一杯食べたのにいつの間にかお腹空いてるみたい
なもんアルか」
 神楽ちゃんが言った。
 ああ――。そういうことかもしれない。
「夜が朝になったり、春が夏になったり、若いつもりが年食ってたりなあ。お前
らも年食うのは早えーぞ。そんでいつの間にか色んなもの背負ってたりしてな。
 まあそういうのと同じ事なんだろうよ」
 銀さんがくっくと笑いながら言う。
「せーぜー上手いことやれ」
 「はい」僕は頷く。
 あさって土方さんに会ったら今夜のことも話そうと思う。





20070625









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