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 酔っ払うとね。
 さらにご陽気になりますね。うちの雇い主は。

「おーい、おーい」
 玄関先から大声で呼んでいる。けれど、無視する。
 布団の中から、憮然とした面持ちで枕元の時計を見た。
 二時回ってるじゃねーか。うるさいなあ。
 ため息を吐いて、頭まで布団を被る。
「おーい、帰ったよおおおお」
 声の主は、更に大きな声をあげた。
 誰かが出てくるまで呼び続けるつもりらしい。
「しょうがないなあ」
 僕は仕方なく起き上がって玄関まで出て行くことにした。
 玄関には、案の定酔いどれた銀さんが転がっている。
「おお、ぱっつぁんよう。おでむかえごくろう」
 僕の姿を見るなり四つん這いで近づいてくる。
 真っ赤な顔をして、ご機嫌なようでなりよりですよ。
「ちょっと、立てなくなるまで飲まないで下さいよ」
 仁王立ちのまま銀さんを見下ろす。
「あれー、神楽ちゃんは?」
「寝てますよ」
「なぬ? つめてーヤツだなあ」
「あのね何時だと思ってるんですか」
 僕は嘆息を漏らし、しゃがみ込んだ。
「わっかりませーん」
「……あそ」
 一発殴ってやりたい衝動に駆られる。しかし寸でのところで拳をおさめた。こ
んなざまでも一応僕の雇用主なのだ。
 銀さんは酒臭い呼気を吐き出す。
「水、汲んできましょうか」
 半ば呆れつつも、立ち上がろうとした。すると「いらね」と手首を掴まれた。思
いのほか強い力で掴まれ驚く。
「新ちゃん、ただいま」
 目が合うと、銀さんはそう言ってへらっと笑う。
 僕は思わず笑い声を漏らした。
 しょうがない人だなあ。困った大人だ。僕は銀さんの正面に座りなおした。
「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
 銀さんは満足げな顔をした。
 立てますかと尋ねる。だいじょうぶですよう、覚束ない口ぶりで言った後、銀さ
んはよろよろと立ち上がった。

 実のところ、うちの雇い主は結構さみしがりのようです。
「よくこんなのでひとりでやって来れたよなあ」
 独り言ちて、はたとする。この万事屋で長いこと一人きり、布団に丸まり眠る
銀さんを思い浮かべてしまった。僕までさみしくなってしまう、この体たらく。
「おーい新ちゃん水ー」
 千鳥足で前を行く銀さんが振り返った。すると、
「銀ちゃん。ウルせーぞ、コノヤロ」
 神楽ちゃんがやってきた。すごい形相で銀さんを睨んでいる。けれど、その手
には水を持っていた。ずいっと差し出すと、銀さんは恐る恐るそれを受け取る。
「ありがとね、ただいま、神楽ちゃん」
「おかえり。そしてさっさと寝るアル」
 どすの利いた声でそう告げると、神楽ちゃんは目を擦りながらさっさと自室へ
戻っていった。
 そうですよ、もう寝ましょう。だな。僕たちは顔を見合わせて少し笑った。




20070414










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