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 別に、ものすごく、ってわけじゃないけど付き合ってんだから、誕生日を祝っ
てほしいとか思ってもバチは当たらないと思う。
 カレンダーをまじまじと眺めていたら、銀さんが背後から現れた。
「何見てんだあ? 家賃の支払日ならまだ先だろ?」
「違いますよ。別にそんなことじゃないです。つかね、僕たち先々月から家賃支
払ってないんですよ。毎日が支払日なんですよ」
 わかってますか。振り返って言うと、銀さんがぼりぼりと頭を掻いて、窓の方
へと視線を外した。
「今日も暑そうだなあ」
 話を逸らされた。そう思ったが、深く追求しようとは思わなかった。万事屋の
台所事情は嫌というほど承知しているので、言っても仕方がないことも承知し
ている。ない袖は振れない。
「今週いっぱいは真夏日が続くそうですよ」
「うわあ。聞いただけでも気が滅入るわ。神楽は、あいつは、馬鹿だな。傘差し
てまで遊ぶ神経がわからんわ」
 神楽ちゃんは、早朝からよっちゃんたちと川に遊びに行っている。今日はも
のすごく暑いんだよ。大丈夫なの。玄関先で神楽ちゃんに言った。
 夜兎族は太陽の光にとても弱い。神楽ちゃんの肌は陶器のように真っ白で、
夏でも日に焼けることがない。
 僕の心配をよそに、神楽ちゃんは川だから大丈夫アルと言って出掛けてしま
った。
「大丈夫ですかね。神楽ちゃん」
「本人が大丈夫って言ってんだから大丈夫だろ」
「まあ、そうですよね」
「夏って暑いから嫌い」
「――夏、嫌いなんですか」
「嫌い。嫌い。暑いの嫌いだし、蚊とか鬱陶しいし、蝉うるさいし。いいことなく
ね?」
「――」
「なに、変な顔してんだよ」
 むむむ。なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、やはり銀さんは夏が嫌
いであった。僕自身を否定されたわけでは、まったくもってないんだけど、誕生
日のことは言い出しにくくなった。
「なんでもないです」
 まあいいか。僕は思い直して、ため息を吐いた。
「なに、やっぱり何かあんの? ため息とか吐いちゃって」
 銀さんが僕の肩に腕を回した。密着してくる。気軽に、触れてくる。
「僕、ちょっと洗濯物干してきます」
 銀さんの腕からやんわりと逃れて、僕はベランダへと出た。
 好きだと伝えたのは僕だ。
 色々と大変だって。そう言って渋っていた。大人になると、先のことも考えちゃ
うのよ。そーいうものよ。大人って。宵越しの金を持たない銀さんが言った。
 それにしても洗濯物を干すだけでも汗を掻く。額の汗を拭う。
 僕だって何も考えていないわけじゃない。駄目だった場合、お互いに気まずく
なることは必至である。だけど、そんなことを考えてたら何もできない。
「お前は本当に、時々まぶしいやつだよ」
 今日という日は、僕の誕生日なんですけど。
 あの時の、困ったように僕の手を取った銀さんを思い出した。あんなに渋って
いた銀さんが僕に応えてくれたのだ。それで良しとしようじゃないか。
 銀さんはイベントごととか無頓着そうだし、どうでもいいか。
 少し背伸びをして、物干し竿に洗濯物を干していく。
 そもそも、僕は銀さんに誕生日を言ったことがないじゃないか。
 まあ僕は銀さんの誕生日を知っているけれども。







20080818
hbgへつづく








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