まるくてしろい、ふわふわの




「帰ったぞー」
 夕餉の支度をしていると、台所に銀時がやってきた。
「おかえりなさい。今夜は水炊きですよ。神楽ちゃんにもうご飯って声掛けてき
て下さい」
 白菜を切りながら、背後に向って話しかける。
「おお」
 背後にいるはずの銀時は、短く返事をしたものの立ち去る気配がない。怪訝
に思って振り返ると、銀時がつかつかと近づいてきた。手には白い箱を引っ提
げている。新八は包丁を置き白い箱をしげしげと見つめた。
「それってもしかして」
「おうよ」
 銀時はずいっと白い箱を押し付けた。新八は両手でそれを受け取ると、銀時
を見上げた。
「クリスマスケーキですか?」
「そうともよ。お前たちにクリスマスプレゼントだ。喜べ」
「ああ、ありがとうございます。でも単に自分がケーキ食べたかっただけでし
ょ?」
「そうとも言う」
 冗談っぽく憎まれ口を叩くと銀時はにやっと笑った。
「神楽ちゃんにも見せてあげなきゃ」
 新八はケーキ箱を両手で大切に抱えて、居間に向った。神楽はソファーに寝
そべって雑誌を読んでいた。
「神楽ちゃん、銀さんがクリスマスケーキ買ってきてくれたよ」
「クリスマス?何ネ?それ」
 テーブルの上に箱を置くと、神楽がむくりと起き上がった。なるほど異星人の
神楽には馴染みのないイベントだろう。
 新八は少し考えて、
「キリストの誕生日だよ。とにかくめでたい日なんだって」
曖昧な説明を返した。正直なところ、異国の宗教である。詳しくは知らない。
 新八の実家は嘗て道場を営んでおり、父親は昔かたぎの人物だったのでク
リスマスには無縁の家庭だった。ただ、12月になると町並みは装飾で色鮮や
かになり、かぶき町は年末の騒々しさも相まって一年で一番活気付く。
 町を歩くだけで心が躍る。ショーケースに並ぶクリスマスケーキや、店先に掲
げられるもみの木。
 新八はこの季節が好きだった。
「キリストって誰ね?」
「え?」
「昔のオッサンだろ。髭面の」
 神楽に尋ねられて一瞬言葉に詰まると、銀時が背後から現れた。
 ――髭面の、オッサン。
 新八はそのあまりに適当な説明に脱力しそうになる。
「銀さん、そんな適当な」
 呆れ顔で銀時を咎めた。
「ちがわねーだろ」
「何でそんなオヤジをお祝いするのカ?」
 神楽は益々疑問に思ったようだ。眉間に皺を寄せて銀時に詰め寄った。
「しらね。でもケーキを食えるぞ。ほら」
 説明するのが面倒なのだろう。銀時は机に置いた白い箱を見た。
「ケーキ!!クリスマスはケーキを食える日ネ!」
 神楽が箱に飛びついた。
「…まあそんなもんだ」
「うわっ。銀さん適当…」
 銀時と神楽を交互に見比べる。
「大まかに言えばそんなもんだ。一々細部に拘ってるようじゃあ立派な大人に
なれないよ?新八君よ」
「はあ、そうですかね」
「そうだ。ケーキに罪はない」
 神楽が箱を開けた。生クリームでデコレーションされたクリスマスケーキが現
れる。丸いケーキの淵には苺が規則正しく並んでいる。真ん中には砂糖で作ら
れたサンタクロースがちょこんと座っていた。その隣にはプラスチックの柊の葉
が刺さっている。
「うわー。ウマそうネ!銀ちゃん早く食べよう」
 神楽はケーキを見ながら嬉しそうにはしゃぐ。
「まるいケーキだ…」
 新八は呟いた。本当は新八も結構嬉しい。クリスマスケーキを食べるのは何
年ぶりだろう。幼い頃に一度だけ食べた記憶がある。どうしても丸いケーキが
食べたくて駄々をこねると両親は渋々用意してくれた。それ以来だ。
 横目でちらりと銀時を見るとぼんやりとケーキを眺めていた。
(甘いもの好きだからなー)
「ありがとうございます。神楽ちゃんも待ちきれないみたいだし、さっそく食べま
すか?」
 苦笑混じりに隣の銀時に問うた。
「…ああ」
 銀時がはっとした様子で頷く。その時新八はふと思う。
「銀さん、丸いケーキ初めてですか?」
「ああ、まあな」
「甘いもの好きなのに!?」
「あのな、ひとりじゃ食わんだろ?」
 そうか。それもそうだ。そんな当たり前のことを失念していた。
 それなら銀さんはずっと独りだったということだろうか。
 新八はきゅっと口を噤む。胸が少し痛んだ。
「まあ今年はお前らがいるからな」
 銀時は静かな口調で言った。
「ことしは?」
 じゃあ来年は?
 何となく悲しくなって銀時を見上げた。
 銀時はふっと息を吐き出すように笑うと、新八の頭をぽんぽんと撫でた。こん
な時、銀時は大人の顔になる。
「まあお前らが丸いケーキ食いたいうちはずっと買ってきてやるよ」
 いつも馬鹿やって子供みたいな銀さんは、本当はいつだって大人に戻ること
ができる。
「お前らがって、ねえ? 本当はアンタが丸いケーキを食べたかっただけでしょ
う?」
 たった一人じゃ多すぎる。丸い丸い大きなケーキ。
 銀さん、アンタがそれを望んでいたんだろ?
「まあ、そうとも言う」
 銀時は神楽の背後からケーキに手を伸ばした。そして苺を一つ摘むと、ひょ
いっと口に放り込んだ。
「うわ!ズルイ!銀ちゃん!」
 神楽が銀時に掴みかかるように抗議する。
「おー、ウマイ」
 銀時は大して気にする素振りもなく、もぐもぐと口を動かしている。ちらりと新
八を見た。
「おい、新八、お前も食ってみ?」
「ちゃんと切って食べましょうよ」
「いいんだよ。おい神楽も。苺うめーぞ」
「私も食べる!」
 神楽も苺に手を伸ばした。
「まったく」
 新八は腰に手を宛てて、溜息を吐く。しかし嫌な気分じゃない。
 丸いケーキ。
 僕らだっていつまでも与えられるだけの子供じゃない。直に大人になる。
「来年は僕が買ってきますよ」
 そう言って、新八もケーキの傍に寄っていく。







20061208











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