ファミリー






「あれ銀さん帰ってたんですか」
「さっきなー」
 ページを捲りながら短く答える。
 ソファに寝転がって週刊誌を広げていると新八がやってきた。山ほどの洗濯
物を抱えている。
 新八が万事屋で働くようになって一週間ほどになるだろうか。依頼がないとき
(つまりほとんど毎日)、俺はだらだらと過ごすのが常なのだが、彼はそうじゃな
い。掃除に洗濯、食事の支度と忙しなく動き回っている。何かしら動いていない
と落ち着かないらしい。
 空き時間は好きなことをしてくれて結構ですよ? 一昨日ぐらいになるだろう
か、彼にそう言った。すると、時間がもったいない気がするんです。ただの貧乏
性なんですよ。そう答えて照れ臭そうにあははと笑った。
 働き者でけっこうなことだ。
 俺は俺で余暇はだらだらと過ごさせて頂きますけれど。
「全然気付かなかった。おかえりなさい」
 新八が傍までくる。彼の抱える洗濯物から微かに日なたと洗剤の匂いが漂
う。俺は誌面に目を落としたまま、その慣れない匂いに何となく戸惑う。
「おお」
 おざなりに返事をすると、ひょいっと雑誌を奪われた。
「テメ、なにするんだよ」
「ただいま、でしょ?」
 ムッとして顔を上げると、新八は洗濯物の山からぬっと顔を覗かせてそう言
った。
「うちに帰ってきたら、ただいま。おかえりなさいって言われたら、ただいまって
言ってください」
 まったくもう。新八は少し怒ったように早口になる。
「ああ、そか」
 忘れてた。長らく。長らくってどれぐらいだあ? それすら思い出せないぐらい
にすっかり忘れていた。
 「ただいま」を言わないと怒る少し口うるさい従業員なんて今まで俺の周りに
はいなかったし。
 ただいま、おかえり。おかえりには、ただいま。
 その言葉は知っている。
 ただ使い方を知らなかったかもしれない。
 落ち着かねー。むず痒い。妙にそわそわするぜ。
「あー、なんだ。うん」
 俺はごほんと一つ咳払いをした。
「ただいま」
 改まると恥ずかしい。
 新八は「おかえりなさい」と笑顔で答える。そして満足したようにぱたぱたと足
音をさせて部屋を後にした。
 がしがし頭を掻くと、再びソファに横になる。
「ま、もすこししたら慣れるだろ」
 ここが俺のうち。


20070411メモより移動
20070415少し改訂









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