Cake Mix



「メガネは?」
「あー、うん。まあ、なんつーの?一言で言うと家出?」
 ソファに寝転がってのらくら案じていると、突如神楽が現れた。肘掛の部分に身を
乗り出して、顔を覗き込まれる。
「銀ちゃんが悪いんダロが?」
 至極当然の事のように神楽が言う。内心苦笑しながら、「そうよ。よくお分かりで」
と答えた。重い体をのっそりと起こし、立ち上がる。
「晩飯食う?」
「銀ちゃん作るの?!」
「おうともよ」
 袖を捲り上げると、神楽が目を真ん丸く見開いた。お前に出来るものかと暗に言
われているようで苦々しい。
 以前はずっと独りでやってきたのだ。生きていく為に最低限の調理ぐらい心得て
いる。
「…何作るの?」
「ホットケーキ」
 神楽は益々眉を寄せて、疑惑の眼差しになった。
「私待ってるネ。早く新八連れて帰ってくるがヨロシ」
「へいへい」
 冷たい視線を背中に受けながら銀時は台所に向った。


『僕は飯炊き婆じゃねえ』
 そう啖呵を切って出て行ってしまった。新八をそんな目で見たことは毛頭ない。確
かに家事全般を任せっぱなしになっている事実は否めない。そんなに不満に思って
いたのか、ならば悪いことをしたなとぼんやり考えた。
 家政婦が欲しくて新八を雇った訳じゃない。ならば何なんだ?そう聞かれても返答
に詰まる。
 冷蔵庫には先ほど新八が買い物してきたらしい卵のパックと牛乳があった。それ
らを取り出し、とりあえず目分量でボウルに粉と牛乳と卵を入れてかき混ぜる。
 そういえば稽古をつけて欲しいと言っていた。
「何だろねー」
 ボウルの中身を攪拌しながら呟く。
 新八には新八なりの悩みが色々とあるらしい。
 劣等感。
 新八は自分や神楽に対してそんなマイナスの感情を抱いているように思う。何と
なくだが、それが垣間見える瞬間がある。
 客観的に見て、新八の実力は未熟だ。それはあきらかである。それに対して焦燥
感を抱いているらしかった。
「なーにを焦ってんだか」
(同じ場所に来ることないのに)
 神楽も自分もその両手は汚れているのに。
「何だかんだ言ってヤツは平和ぼっちゃんだからなあ」
 それを背負っていきたいのに。
 それじゃ不満なのか、新八君。
 ふいに焦げ臭い臭いが鼻孔をくすぐった。はっとしてフライパンを見ると白い煙が
立ち昇っている。
「あちゃー」
 慌ててひっくり返すと、無残なことになっていた。
 新八がやってくるまで自分で家事はこなしてきた。ほんの僅かの間に腕ってやつ
は鈍るものだ。人間ってのは忘れっぽくて敵いませんね。
 真っ黒に焼け焦げたそれを皿に盛り、
「ちょっと出てくるわ」
テレビに熱中している神楽の背中に声を掛けた。
「なるべく早くヨロシク。腹減った」
「それ新八君帰ってきても言わないでよ」
 くっくと肩で笑い、家を出る。
 下種っぽいネオン街を抜け、河原の方までやってきた。喧騒を遠くに感じながら、
土手に沿って歩く。
 しばらく行くと薄暗い草っぱらに寝そべっている新八を見つけた。徐に立ち上がる
と土手を登ってこようとしている。そしてこちらに気付いたのか、一気に駆け上がっ
てきた。
「飯炊き婆なんて思ったことないから」
 新八が何か言おうとしたのを遮った。そして携えてきたホットケーキをずいっと差
し出す。
 突然のことに面食らっている新八に「悪かった」と謝罪の言葉を口にした。ややあ
って新八がぷっと吹き出す。
 そして、
「僕は強くなりたいんです」
強い眼差しだった。ぎゅっと握った拳が返って頼りなげに見えたが、それは口にしな
い方が賢明だろう。
「知ってる」
 一言だけ口にして、お互い無言のままホットケーキを口に運び続けた。途中、新
八が「苦いです」と不満を漏らしたが、それでも全て平らげた。
 強くなりたい、ねえ。
 新八の言葉を反芻する。
「なあ、新八よ」
(剣の腕だけが強さじゃないのを分かってくれればいいけど)
「何ですか?」
 少し考えて言葉を飲み込んだ。新八が不思議そうな目をしている。頭を掻きなが
ら「何でもない」と言葉を濁した。
 まあ、そう遠くないだろう。
 新八君は出来る子だ。俺が見込んだ子だもん。
 神楽が腹を空かせて待っている。家路を急ぐことにした。
 強くなりたいと切望する気持ちはかつての自分も抱いた思いだ。
「大きくなりなさいよ」
 新八の頭をわしゃしゃ撫で回す。嫌がって逃げようとするのを尚も撫で付けた。
 日ごと成長していく様を一番近くで見物するのも悪くない。







20060711
































































































































































































































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