歩いていこう






 僕は土方さんと付き合うことになった。
 経緯は説明すると長くなるので今日はやめておく。
 ――で、です。
 何しろ僕は交際経験がない。付き合うって実際問題どんなことをするんだろ
う。
 土方さんは何がしたいんだと聞いた。僕は少し悩んでやっぱりデートとか、す
るんじゃないでしょうかと意見を言った。デートという響きが何だか気恥ずかし
く、言った後僕は盛大に照れた。ひとり赤くなっていると、土方さんは「行きた
い 場所があるのか」と真顔で聞いてきた。僕は怯んだ。土方さんはいつも憮然
と した顔をしている。そういう顔なんだから仕方ねえだろと言う。でも何だか尋
問 を受けているみたいだ。僕は考えておきますと答えてその日は別れた。
 遊園地とか動物園は――ナイナイ。有り得ない。土方さんが可愛らしいコー
ヒーカップ型の乗り物に乗る姿もお猿や象をしげしげと眺める姿も想像できな
い。それ以前に 誘っても「嫌だ」と一蹴されそうだ。かと言って、お通ちゃんの
コンサートに二人 して出掛けるのも何か違う。何かっていうか全然違う。
 土方さんは一体どんなところへ出掛けて、どんなことで楽しくなるのか。
 僕は土方さんが好きだけど、何でも知っている訳じゃない。むしろ知らないこ
との方が多い。
 それでもやっぱり土方さんの喜ぶような場所を提案したいじゃないか。
 

「ちょっと質問なんですけど」
 僕は銀さんにそう前置きをした。
「なんですかあ? 新八くん」
 銀さんは定位置の椅子にだらしなく腰掛け、週刊誌を読み耽っている。僕が
声を掛けても目線は誌面に向かったままで顔を上げようとしない。
 しかし気のない態度はいつものことですっかり慣れた。むしろ今はその方が
好都合だ。
「銀さんはデートってどこでどんなことをするんですか」
 僕はソファで洗濯物を畳みながら出来るだけ何気なく質問した。
「はい?」
「だから銀さんはデートで何をするんですか。できれば具体的に教えてほしん
ですけど」
 聞こえなかったのか、返事がない。手を休めて、銀さんを見た。すると銀さん
はいつの間にか顔を上げ、怪訝な表情を浮かべて僕を凝視していた。
「……――ちょいまち。何でそんなこと聞くわけよ」
 週刊誌を机上に置くと、銀さんは身を乗り出して頬杖をついた。興味深げに
僕を見る。やだなあ、もう。聞かなきゃよかったかな。
「何でもいいでしょ。従業員のプライバシーに口を挟まないで下さいよ」
 僕はぶっきらぼうな言葉で言い逃れしようとした。
「プライバシーねえ。そんな高尚な言葉どこで覚えてきたんだかねえ」
 なげかわしい。なげかわしい。と銀さんが大げさに嘆息をもらす。僕は居た
堪 れなくなり「もういいです」と話題を切り上げ、洗濯物を抱えて立ち上がろうと
した。
 すると銀さんが「うそうそ」と笑いながら僕をなだめる。僕はもう一度座りなお
した。
「デートねえ」
「デートです」
 考える素振りをする銀さんを僕はまじまじと見つめた。「そりゃあ」と言いなが
ら僕をちらりと見やる。目が合ってどぎまぎした。銀さんってたまに全部お見通
しって目をするから困る。
「川原とか行って」
「ほうほう。川原ですか。いいですね。今の季節なんて気持ちいいでしょねえ」
 川べりの草っぱらで土方さんとさわさわと風に吹かれる姿を想像し、自然と口
元が緩んだ。それは、結構、いやかなり良いかもしれない。
「そう、川原行って」
「それで?」
「――ごろごろするかな」
「ご、ごろごろですか」
 肩透かしを食らった気分になり、僕はがっかりした。
 「おう。そうともよ」銀さんがのんびりと頷く。それでも気を取り直し「他には」と
重ねて質問すると、銀さんは無造作に頭を掻いてからうーんと考え込んだ。
「おお、そうだ」
 しばらく考えた後、銀さんは思い出したように手を叩いた。僕は期待に満ち
た 眼差しで答えを待った。
「家だ。こいつを忘れちゃいけねえ」
「いえですか? 家でデートですか。何するんですか」
「ごろごろする」
「デートなのに!?」
 思わず批判的な声を上げる。銀さんは構わず大きな欠伸をした。
「普通じゃないですか。ごろごろって。銀さん年がら年中ごろごろしてるじゃない
ですか! 銀さんに聞いた僕がアホだった」
 なまくらな雇い主に聞いた僕が馬鹿だったと落胆する。まるで参考にならな
い。
「あんなあ、ぱっつぁんよ。普通が一番なの。どんなご大層な相手と付き合って
るんだか」
 銀さんは面倒くさそうに立ち上がると、僕の傍らを通って台所へと消えていっ
た。すれ違い様に僕の頭にぽんと手を置いた。
「気負うなよー。つまんねんぞ」
「え」
「それとなあ、そういうことは俺に聞くより――ま、いいや。冷蔵庫、牛乳あった
よな?」
 何か言いかけて銀さんは飲み込んだ。僕は「はあ」と曖昧に頷いた。銀さん
はのそのそと台所へ向う。

 気負い。
「分からないですよ、そんなの」
 ただがっかりされたくはないな。
 土方さんはきっと色んな綺麗な女の人と付き合ったり別れたりを繰り返し今
こうしている。大人の男の人だ。それでも何の因果か僕と付き合う運びとなっ
た。
 僕は土方さんに「あーあ」って思われたくない。やはり僕は土方さんに気負っ
ているのだろうか。


「あんなあ」
 土方さんは眉間に皺を寄せ、煙草の煙を吐いた。
 往来を歩いていると土方さんに会った。「土方さあん」僕が名前を呼ぶと、土
方さんが眉尻を少し持ち上げて「少し話すか」と路地に手を引いた。
「仕事中ですよ。いいんですか」
 僕は隊服の土方さんに尋ねた。
「ああ。まあちょっとぐらいな」
 土方さんは「それで」と煙草に火を点けながら言う。僕はしっかと土方さんを
見据えて口を開く。
 「あんなあ」と低い声で唸られ、僕は思わず体が強張った。
 呆れられた!
 デートの行く先を考えて何だか妙にぐるぐるしたことも銀さんに言われたこと
も、思い切って話した。子供じみた思考だと呆れてしまった。
「土方さん」
「オメーよお」
 僕が名前を呼ぶのを遮って、深々とため息を吐く。
「なんでしょう」
「そういうことは直接俺に言えよ」
「は?」
 予想外の言葉が返ってきた。僕は一瞬きょとんとした。
「何で他のヤツに言うかね。何か悩んでるなら俺に言え」
「ご、ごめんなさい。怒ってるんですか」
 土方さんの声には不機嫌さが滲んでいる。僕は呆けたまま謝った。
「怒ってねーよ。でも面白いもんでもねえよ」
 そうか。
 銀さんが言いかけて止めたことを悟る。
「で?」
 土方さんは地面に煙草を落とすと、足で踏み潰した。
「どうしたい?」
 土方さんは真っ直ぐ僕を見た。怒ったような困ったような目で僕を見ている。
「――土方さん」
「んん」
「もう少し歩きたいです」
 そして歩きながらもっと色んな話をして、土方さんのことを知りたい。そして僕
のことも知ってほしい。
 川原でごろごろするのもいいのかもしれない。
 僕が言うと、土方さんは少し笑って「おう」短い返事をした。





20070623









inserted by FC2 system